アスキー・メディアワークス 英語&海外文芸 編集者ブログ

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2011-09-12 16:33:07

クドーの日記

クドーの事件簿 その10

ASCII編集部の黄金風景
※この回は太宰治先生の傑作短編小説『黄金風景』のパロディを含みます。


海の岸辺に緑なす樫の木、その樫の木に黄金の細き鎖のむすばれて──プウシキン


■「へ、編集長! たいへんです!!」
 2000年3月4日早朝5時半過ぎ──朝もやの中、新宿の高層ビル群の隙間から、朝日が昇り始める。その光が、大きなガラス窓を通して、お菓子の食い散らかしが床に散らばる編集長席に座る一人の男の輪郭を優しくふち取る。その男──月刊ASCII編集長 遠藤諭(現アスキー取締役)はそのとき、数日前にすでに書き終えていなければならないはずの原稿を、進行ツボウチに怒られ怒られしながら、黙々と執筆していた。
 しかし、その口元は、ともするとゆるみがちであり、ときどきキーボードから手を離しては、静かな笑顔を浮かべて朝日が天空に昇っていく光景に目を細めたりなどしていた。
 遠藤がマゾだというわけではない。
“今日は、(職権を乱用して部下にWebで注文させた私物の)PlayStation2(以下、PS2)が、佐川急便さんの手によって編集部に届けられる日だ”──そう考えるだけで、遠藤の脳内には多量の快楽物質が分泌されていたのだった。
 編集部内が曙光でゆるやかに明るくなりつつあったその静かなひとときを破る声があった。──数時間前に帰宅し、折しも今、始発出社をしてきた編集部 安藤の声だ。
「た、たいへんです! 今、新宿ヨドバシカメラを見てきたら、なんとPS2が整理券なしで、て、手渡しされています!!」
「な、なに~っ!!」
 ガタンと席を立つ遠藤。その目はかっと見開かれ、安藤の一言一句を聞き逃すまいと、その集中力はかつて見せたことがないほどに高まっている。
 聞けば、安藤は、“ヨドバシに並ぶPS2購入の列が都庁にまで達している”との情報を元に、新宿駅を都庁口から出るも、果たしてそこに列はなく、慌てて走っていくと、なんとすでにヨドバシでPS2の手渡し販売が始まっていた、と言うのである。
「とにかく、今行けば、さして並ばずに、すぐにもPS2が買えますよ!」
「本当なんだな? 本当なんだな!? こうしちゃおれん! みんな、PS2を買いに行くぞ!!」
 先ほどまでは消耗しきって死人のように見えた4~5人の徹夜組編集部員が、ネクロマンサー(死霊使い)に操られるかのようにすっくと立ちあがり、ふらふらと遠藤のもとに歩み寄っていく。安藤も再び、(原稿そっちのけで)現場に戻るのだという。
 そんな彼らに私が冷静に声をかける。
「Webで(職権を乱用して)頼んだ(ていうか頼ませた)編集長のPS2は、今日の昼、編集部に届くんですよね? それなのにもう1台買いに行くんですか??」
「そんなこと関係あるか!! PS2がすぐにも買えるっていうのに!! それ、クドーも行くぞ!!」
 勢いに乗せられ、私も我を失って夢中で走りだす。しかし、エレベータに乗り込んだ遠藤を先頭とする面々の憔悴しきった顔色を見て、突然、私の脳裏に理性の声がこだました。“よく考えてもみろ! おまえは、初期ロットは何かと不安定かもしれない、と思ってWeb予約もやめたのではなかったか? PS2が値下がりし、やりたいゲームが出てから買うので十分、と決めたのではなかったか? 頭を冷やせ、工藤裕一よ!”
 果たして私は、突然催眠術から覚めたように、こう告げたのだった。
「やっぱり、僕は行くのをやめます。すぐにも原稿を上げないといけませんし」
「こ、この、愚か者!!」
 わなわなと震える指で私を指し、大声でそう罵倒する遠藤(+ほか数名)の姿が、エレベータの扉の隙間に消えていく。
「なんと罵声を浴びようとも、これが僕の生き方なのだ。僕は現実主義者なのだ……」
 私は自分をそう慰めながら、独り編集部にとぼとぼと歩いて戻った。
 編集部ではもう一人の進行 飯田が頭を抱えていた。
「遠藤さんはさっき、“あとはキャプションさえ書けば原稿を提出できるゾ。ほっ、ほっ、ほ!”なんて威張ってたんですよ。それなのに、それをすべて放り出して。なぜ、あと少しの我慢ができないのか……」
「PS2が買えるとなると、もうすべてのことにそれが優先されてしまう、子供のような人ですからね……」
 そう続け、私ははっと気づいた。
「そういう人だからこそ、月刊ASCIIの編集長が務まるのではないか……」
 私は、知らぬ間に、編集者として大切なことを、またもや編集長に教わったのだ。


■誰が勝者で、誰が敗者か?
 その後、遠藤ら一行は午前8時過ぎに戻ってきた。なんでも並んだ列では遠藤たちの目の前で手渡し販売が終了してしまい、そこで慌てて別の店舗の列に並びなおしたが、そこでもまた目前で手渡しが終わり、整理券配布に切り替わってしまったのだという。
「しかし! 整理券はちゃんとゲットしてきたぞ!! これで午後にヨドバシに行けば、PS2が買えるぞ!!」
としごくご満悦な遠藤。機嫌がよかったので帰りにはみんなで、新宿の吉野家で牛丼まで食べてきたのだという。
「午後にしか買えないんじゃ、ますます意味ないじゃないですか。それじゃ佐川急便のほうが先に着いちゃいますよ」
と私が言うと、
「そんなことは関係ない!」
と意に介す様子もない遠藤。
「ああ、早く戸塚が戻ってこないかな~」
と、すでにその気持ちは、あらかじめPS2用ゲーム購入のコマンドを出しておいたアルバイト 戸塚(渋谷でのPS2の早朝販売の模様を取材するべく派遣されていた)の帰還へと移っていた。
「新宿から携帯電話で確認したら、渋谷の戸塚は無事、“リッジレーサーⅤ”と“決戦”を入手してくれたようだからな!」
と遠藤はいたくご機嫌だ。新宿へは行かなかった編集部 二瓶(にへいへにお)も、どさくさ紛れに、進行の目を盗んで(トイレに行くふりをして)こっそり編集部を抜け出しており、いち早くPS2用RPG「エターナルリング」をゲットしてきて他の編集者にうらやましがられていた。
 3月4日早朝──月刊ASCII編集部は完全に浮き足立っていた。そしてそれが最高潮に達する瞬間が午前11時にやってきた。
 佐川急便さんが、同形状の小包を7~8個抱えて、編集部にさっそうと(それはもう本当に“さっそうと”という表現がぴったりに見えた)現われたのである。佐川急便さんがあれほど待望され、あれほど誇らしげに見えたことはなかった。季節はずれのサンタクロースだ。そして遠藤たちは、年齢はずれの夢見る子供たちだ。
 そしてそこで初めて、私は自分が編集部内ではマイノリティであることを知った。
「いったいこの編集部の人間は、Webと整理券販売で合計何台のPS2を買ったのだ?」
 受取人の中には、今朝の騒ぎに対して我関せずを決め込んでいた人間たちも含まれていた。新人の清水久美子まで、やりたいゲームが1本もないくせに、“初期ロットがなんかほしい気がする”という漠然たる理由だけで、3万9800円もの大枚をはたくことを自らにゆるしていた。遠藤や鈴木Jのように、「PS2の発売が、なんかうれしかったから」というわけのわからない理由でPS2を2台も買っている人間もいた。
 届いたPS2の箱を嬉々として開ける連中を後目に、「どうせ初期ロットには不具合があるさ」と、私はそう自分を慰めたが、
「バカだなぁ。不具合があるからいいんじゃないか! 不具合が起こるたびに、ああ、自分は初期ロットを買ったのだ、という幸せを実感できるんだから」
と一同から一斉に反撃を食ってしまった。
 私がバカなのか、それとも、私を普段何食わぬ顔で取り囲んでいるこの大多数の面々こそがアホウなのか? 私にはいよいよわからなくなってきた。
 そしてその後、私は自分が愚かだったことを思い知らされた。
 初期ロットのPS2では、DVDビデオの再生をリージョンフリーで行なえてしまう、という裏技(ていうか不具合)が発見されたからだ*1! つまり、初期ロットのPS2では世界中の非常に廉価なDVDタイトルをリージョン情報おかまいなしにガンガン見られてしまう、ってことなのだ。
「そういえば昔、ソニーのデジタルビデオでも、初期出荷品だけは服が透けて撮影できるなんてバグっていうか特典っていうかがあったもんなぁ。やっぱ買うなら初期ロットですなぁ~」
なんてますますご満悦の一同。
 負けた、私は完全に負けた……。だが、不思議と悔しさはなかった。新しいハイテク機器に目がない編集者たちの勝利──これは、いいことだ。そうなければ、いけない。彼らの勝利は、また、私の明日の出発にも、光を与える。


●注釈
*1【PS2初期ロットの裏技】PS2に初代PlayStation用コントローラをつないで(そのほうが成功率が高いそうだ)、十字キーのどれかを押しっぱなしにしながらPS2を起動、DVD再生を行なうと、DVDのリージョンコードによる制限なしでDVDビデオを見られてしまうことがある。
 これは、“DVDプレイヤーでは、リージョンコードをチェックして、国内販売のDVDディスクしか再生できないようにしましょう”と規定した、世界のDVDプレイヤーメーカー間の協定に違反するため、この不具合は現在では解消されている。

2011-09-09 22:35:50

クドーの日記

クドーの事件簿 その9

 なぜか、不条理な事件に巻き込まれることが多い。


 誰かが激怒していて雰囲気がピリピリしている場に、それを知らぬわたしが現われた場合、非常に高い確率で、その激怒している張本人のそばにあやまたずふらふらと歩み寄っていき、とばっちりで激怒されるのだという。周囲の人間から見ると、何食わぬのんきな顔で、地雷に向かってまっすぐ歩いていくその姿は、ある種、神がかり的だとも聞く。


 昔からその種のエピソードに事欠かないのだが、最近もわけのわからない親父に、電話で怒られ続けている。
 その親父は必ず、わたしが徹夜仕事明けでへとへとで帰宅し、ようやく眠りについた午前中に間違い電話をかけてくる。どうもいつも「アイザワ」という家に電話をしているらしいのだが、
「はい、クドーです」
と出ると、必ず
「またおまえか、この野郎!!」
といきなり怒ってくる。
「何番におかけですか? 電話番号をよく確認していただいて……」
と言いかけると
「バカ野郎! 俺は間違いなくアイザワにかけてんだ、この野郎……。おまえのうちの電話機がおかしいから、いつもこうなるんだ! 今日こそは電話機を変えろ、でないとタダじゃ済まないぞ!!」
と脅してくる。そしてたいていそういう場合は、連続的に4回も5回も電話をかけてくる。そしてそのたびに
「またか、この野郎……人様に迷惑をかけるのもいい加減にしろよ、クドー、この野郎……」
と怒りにふるえている。さすがにこっちも押し黙ってしまうと、
「あれ、何も言わなくなった。おい、このクドーって奴は、やっぱり頭が狂ってるぞ!!」
なんて誰かに話しかけている(どっちがじゃ!)。
 最後は電話線を抜いて、眠りにつくしかないのだが、現在真剣に電話番号の変更を検討している……。


 こうした不条理な事件を前にして思い出すのは、家を引っ越して数年後の、大学1年の夏に集中的に遭遇した、心霊(?)体験のことだ。
 この話は長くなるのでかいつまんで書くと、要は、深夜(主に午前2時~3時頃)に金縛りに頻繁にかかり、子供の霊を見たり(半開きのドアの陰からこっちをのぞいていた)、女性の霊に話しかけられたり(「サブローさん、水ちょうだい……」――ちなみにわたしの名はユウイチ)、霊にふとんをめくられたり、手を握られたり、霊に後ろから抱きつかれたり(小指が口の中に入ってきたので、かみちぎると、小指が口の中でのたうって暴れ、霊がわたしの顔をたたきだした)、幽体離脱して天井付近まで浮遊したり、といった、そんな感じの体験なのだが、1度だけ、さすがに怖い思いをしたことがあった。
 それは、夢の中で、妖怪人間ベムの仲間であるベラが変身した後の姿のような怪物に馬乗りになられて、心臓を食われた瞬間に目を覚ましたときのことだった。
 目を閉じたままのわたしは、夢の中同様に、かけぶとんが重いことに気づいた。案の定、体は金縛りになっている。そしてゆっくりと目を開けると、なんとわたしの部屋の天井付近に、白い煙で描いたような巨大な顔(縦3メートル強)が浮いて、わたしをにらんでいた。ハゲ頭の、インドのおじいさんのような風貌(ふうぼう)で、耳はとがり、目はネコのようで、眉(まゆ)はなく、しわだらけだった。
 心霊(?)体験慣れしていたわたしもさすがにそのときは恐ろしく、金縛りで出ないながらも「う~、う~」とうめき声をあげると、その顔は、「しまった! 見られたか!」という感じで、もやもやと広がってかき消えてしまったのだった。
 その後、悪魔払いでも必要かと、さる心霊の大家なるおばあさんを家族が家に呼んだのだが、わたしの部屋に霊は発見されなかった(しかしその心霊家は、父の肩に水子霊がのっていると指摘。思わぬとばっちりを食った我が父は、我が母の前で、いろいろな意味で冷や汗をかいて青ざめていた)。
 わたしは、一連の心霊(?)体験を、自分が半覚醒状態でみた幻覚ではないか、とも考えており、特に深刻には考えていないのだが、それ以降、何か不条理な出来事が起こると、あの顔が思い出されるのだ……(でも、守護霊かも?)
 実はアスキー@初台の地下1階でも、心霊現象とおぼしき事件に何度か遭遇しているのだが、その話はまた別の機会に譲りたい。


★追記:今思い出すと、大学一年の夏に集中的に心霊現象にあう直前、大学のクラスで合宿に行き、夜、肝試しをしに墓場へ行き、はしゃいで卒塔婆を倒してきてしまったんですよね……そのせいかも。ちなみに私がその部屋を去ったあと、弟がその同じ部屋に住んだのですが、やはり心霊をたくさん見るようになってしまい、ビビっていました。

2011-09-08 19:18:30

クドーの日記

クドーの事件簿 その8

インタビュー技術を編集長に学ぶ の巻


 のちに『計算機屋かく戦えり』という単行本にまとまった人気連載「月刊アスキー・スペシャルインタビュー」は、日本のコンピュータ産業の立ち上げに大きな貢献のあった偉人たちに毎月取材を試みる形で制作されていた。メインインタビュアーは編集長 遠藤で、そのお手伝い&記事執筆は私、クドーが担当していたのだが、その取材の中ではいくつかの忘れがたい事件が起こった。ここではその中から、2つのエピソードを紹介しよう。
 まずは「編集長、寝ちゃった」事件である。
 それは、ある方の業績を知る関係者にお話を伺うという取材の場で起こった。相手の方は、実に熱心に語ってくれたのだが、しかし悲しいかな、それは我々の知りたい方の業績ではなく、記事にまったく関係のない自分の業績についてだった。
 「やばいな……」──そう直感した私が編集長を横目で見ると、編集長は早くもどこかの尊師のように薄目がちになっている。イスの座りは浅くなり、うつむいた目線はしかられた子供のように斜め前に落ちている。私は声のトーンを少し上げ、今回の記事に関係しそうな質問をする。しかし相手は、
「いや、でもその前にね……」
などと自分の話をやめない。まずい……。
「ふーん……、ふーん……」
編集長の相づちは、すでになかば寝言めいている。しかもコックリ、コックリまでし始めた! しかし、タイミングが実に絶妙で、相手が顔を上げたタイミングですかさずコックリするため、あたかも相手の話に納得しているかのように見える。安心して話し続ける取材相手。
「ふーん……、スピー、ふーん……、スピー」
ついに編集長の息を吸う側の音はなかばいびきと化してきた。「さすがに相手も気付いたか?」と目線を向けると、相手はひたすら文献をめくりながら熱心にしゃべりまくっている。
「良かった……」
私は寝て、コックリ、コックリするインタビュアーと、熱心に話し続けるインタビュー相手とのあいだの奇妙な空間に座しながら、記事執筆用のテープをひたすら回し続けた。
「寝ながらも、相手をこれだけ熱心にしゃべらせてしまう名インタビュアーが、果たしてほかにいるだろうか?」──私は感心し、編集長の腕前にいまさらながら勉強させてもらった思いだった。


  *


2つめのエピソードは、機械式計算機の権威であるU先生を取材したときの話である。
 編集長と私は、都内から長時間電車に揺られて、先生の別荘がある八ヶ岳を訪れた。そこは広大な大自然が香り立つ、まさに星と風と緑の高原であった。
 我々が降り立ったそんな八ヶ岳駅に、うなりを上げながらさっそうと疾駆(しっく)してくる1台のポルシェカレラ4があった──U先生の愛車である。
 我々を乗せ、八ヶ岳の農道をビュンビュン走るポルシェ。車内で鳴り響くのはバッハのカンタータである。U先生の運転は巧みであり、カーブも極力高速で曲がっていらっしゃる。聞けば、U先生はA級ライセンスの持ち主だという。
「この辺はトラクタなんかがちんたら走っていて、危なくてしょうがないんですよ」と苦笑するU先生は、さらに加速してポルシェの性能を我々に体感させてくれた。
 到着した別荘も、豪華そのもの。ロダンな感じの彫刻群、ペチカとでも呼びたくなる欧風暖炉、高価なフルートや数千万円するオーディオ機器。ルパン三世の宝物庫もかくあらんやという、まさにため息モノのお宅なのである。
「明け方にはタヌキやキジなんかも、餌をねだってやってくるんですよ」と心優しきU先生。取材を終え、駅まで送っていただいた車内でも、「今日は泊まって行けばいいのに。サイコロステーキでバーベキューをしましょう」とあたたかいお言葉をかけてくださった。後ろ髪ひかれる思いだったが、残念ながらそのときは時間がなく、やむなく帰りの電車に乗り込み、遠藤の好物である干し貝柱くんをかじりながら東京へ戻ったのだった。
 驚いたのはそれから半月後。U先生に何度月刊アスキーの見本誌を送っても、あて先不明で戻ってきてしまう。不審に思って宅配業者に問い合わせると
「そんな住所に家はありません!」
「そんな馬鹿な! 我々はこの前、そのお宅を訪れたばかりなんですよ!!」
「ないものはないんです! そこに家なんかない!」
 ???……では、我々が訪ねたあの豪邸(ごうてい)は? ポルシェは? そういえば、タヌキがどうのとおっしゃっていたが……。我々はタヌキにバカされていたのだろうか? あのまま宿泊していたら、編集長と私は泥(どろ)のお団子を食べ、こえだめの風呂の中ではしゃいでいたのだろうか??
 その後しばらくして、U先生から編集部にご連絡をいただいた。何でも、我々が訪れてまもなく、別荘は火事で全焼してしまったとのこと(原因は電気屋さんの配線ミス)。なんと、お気の毒な。
「十分な保険がおりますから、また別荘を建て直します。そうしたら、また遊びにいらっしゃい」
と元気におっしゃるU先生に、私は再び、明日への活力をいただいた気分であった。


 この連載を通じ、一事を成したご高齢の方々に多くお会いできたが、いつも強く感じられたのは、老いてなお、日々を生きるエネルギー量が我が身とは決定的に違うということであった。私の耳には今も、数値計算の宇野利雄先生(当時92歳)が追加取材の電話口(お年寄りの方はインタビュー直後の晩に過去の記憶を一気に思い出すことが多いようで、後日の電話インタビューが重要であった。電話で6時間もお話ししたこともある!)で、お気に入りだという徒然草の第188段をとつとつと読み上げる声がよみがえってくる。
「蓑(みの)、笠やある。貸し給へ。かの薄(すすき)のこと事習ひに、渡辺の聖(ひじり)がり訪ね罷(まか)らん……」
 そして、才能と努力と熱意に対して、運命がときにどんな残酷をなすか、ということ──。

2011-09-06 21:36:17

クドーの日記

『語源耳』、絶賛発売中です!

先週末発売の『語源耳』(全二巻)ですが、
従来の英語耳シリーズの中でもトップクラスに出来が良い!
絵と写真とユーモアが楽しい!
というご反響を早くも頂いております。


中上級レベルの英単語3000語が、語源の知識と一緒に楽しく記憶できる。


英単語力を爆発させたい方にオススメです。


さすが韓国No.1英単語本はダテじゃない!ので、よろしくお願いいたします。

2011-09-06 21:03:20

クドーの日記

クドーの事件簿 その7

クドーの生き霊に会ったささやん、嘘つきにされる の巻


「野口がいけないんだ……」
 東京 神保町にある台湾料理屋“四川一貫”へ向かうタクシーの後部座席で、当時月刊アスキー編集長にしてGM(準取締役みたいな役職)の一人だった遠藤諭が、うらみがましくつぶやく。
 タクシーの助手席に座った月刊アスキーDOS/V ISSUE編集長 野口は、そのつぶやきが聞こえているのかいないのか、背筋を伸ばしたまま、黙って前を見つめている。
「なんで、こんな目に遭わなきゃいけないんだ」
 遠藤がせんなくくり返す。そして、まじめな口調でこう付け足した。
「君らは平気だろうが、俺は恥ずかしい。恥ずかしくてたまらん。絶対このことは他言するんじゃないぞ。俺たちだけの秘密だからな!」
 と、突然、鳴り出す遠藤の携帯電話。どきっとする一同。果たして、月刊アスキー副編集長の小林からだった。
「うん、うん……わかった、わかった。問題ないから。じゃあ」
 話も早々に、手短に携帯電話を切る遠藤。
「良かった。俺たちがまだ日本にいることは、ばれなかった」
  *
 その午後、遠藤と野口、そしてわたし(当時 月刊アスキー デスク)の3人は、台湾出張のために連れ立って会社を出た。時間にはゆとりがあったかに思えたのだが、野口の“成田へはタクシーで行くのが一番近い”という提案でタクシーに乗り込んだのが徒(あだ)になったのか――われわれが成田に着いたときには、すでに台湾行きの飛行機は飛び立ったはるか後であった(野口は確かに“近い”とは言ったが、“早い”とは言わなかった)。
 空港の係員によれば、「明日また来て、早朝からキャンセル待ちをしていれば夜までには乗れるかも」とのことであった。われわれは、一度は沈み込んだ気持ちをなんとか立て直し、せめて台湾気分だけでも味わおうと、遠藤お気に入りの“四川一貫”までタクシーを走らせていたのである。
「仮にも役職付きの3人が、台湾にすらまともに行けないなんて、どういう会社なんだろう」
 そう嘆くわたしに、遠藤は念を押す。
「とにかく、俺たちはいまは台湾にいる。わかったな。これがバレたら俺たちは部員の笑い者だ。今日は家に帰ったら、一歩も外へ出るんじゃないぞ、クドー!」
  *
 四川一貫で宮保鶏丁(クンポーチーティン:鶏肉を唐辛子で炒めた宮廷料理)などおいしいものを食べ、紹興酒(しょうこうしゅ)に舌鼓(したづつみ)を打つと、少しだけ元気が出てきた。おどけた冗談を飛ばし出す遠藤。野口にも笑顔が戻った。
「よし、明日は朝一で成田に集合な。今度は、タクシーでなく、必ず電車で来るんだぞ!」
 声のトーンがいつも通りに戻った遠藤の号令のもと、われわれは人目をしのんで自宅へと帰ったのだった。
 しかし、深夜2時頃、わたしは空腹に目を覚ました。いつもは会社で仕事をしていて、しかも一番はかどる時間帯なのだから、致し方ないと言うべきか(わたしがもっとも熟睡できる時間帯は午前九時から午後五時までだ)。コンビニに行きたい……しかし、わたしは会社から徒歩10分圏内に住んでいる。遠藤の「外に出るな!」と念を押す声が心によみがえる。しかしついに耐えきれず、わたしはドアを開け、コンビニに走ったのだった。
 ご飯だけ買って、レジで支払いを済ませ、あわてて外に出ようとする――と、そこになんと、隣の部署に所属する編集部員ささやんが立っていた。
 ささやんはわたしが台湾出張していることなど知らない。
「お、工藤さん、どうもです」
と気軽に声をかけてくる。わたしは目線をそらしながら、「どうもー」とだけ挨拶をしてそそくさとコンビニから走り出たのだった。
“会ったのは隣の部署の人だし、まぁ、大丈夫だろう”――わたしはそうたかをくくっていた。
  *
 そうして何とか無事に台湾出張を終えて日本に戻ると、たいへんなことになっていた。
 何でもささやんが、「昨日の夜、確かにコンビニでクドーさんと会った」と月刊アスキーの部員に告げると、「そんな馬鹿な、クドーは遠藤さんたちとすでに台湾だ」と一蹴(いっしゅう)され、それでもささやんは「いや、確かにあれはクドーさんだった」と主張を曲げず……すっかり彼が大嘘つきにされていたのである。
 ささやんは日頃から心霊関係に強い興味を示す研究家であったが、ついに生き霊を見たなんてウソまでつくようになったか――と、みんなにあきれられていると言うのだ。
「あのとき、クドーさんは台湾じゃなく、初台のコンビニにいましたよね?」
 わたしにそう問うささやん。しかし少し離れた編集長席からは、遠藤が目を細めてこっちをにらんでいる。
「いや、その日は台湾にいたに決まってるじゃないですか……」
  *
 この件が原因というわけではないのだが、ささやんはその後、アスキーを去ることになったのだった。彼はいまでも、自分が生き霊を確かに見た、生き霊は存在する、と信じているようだ。とすれば、それはすべて遠藤のせいと言えるだろう。いや、そもそも初日に“タクシーで”成田へ行こうと言った野口の責任か――とにかくその後も心霊研究へとどんどんのめりこんでいったささやん……人の運命とは、なんと不思議な巡り合わせで変わるものか、と趣(おもむき)深く思う今日この頃である。

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自己紹介

編集者 クドー

通称 : クドー

角川グループの出版社・株式会社アスキー・メディアワークス第八編集部 英語&海外文芸課の編集長。1991年5月~2000年12月までパソコン総合雑誌「月刊アスキー」で編集者として働き、ワープロやOfficeなどの記事や「クドーの事件簿」ほかの記事を執筆しながら、日本マーフィー普及委員会の一員として、「マーフィーの法則」支援連載や、『続・マーフィーの法則』刊行などを手がける。2001年より書籍編集者となり、『ドラゴンランス』『ダークエルフ物語』などの海外ファンタジー作品を多数刊行。現在は、『単語耳』シリーズや、『21世紀版 マーフィーの法則』、『バカはなおせる 脳を鍛える習慣、悪くする習慣』など、語学系や自己啓発系の書籍も手がける。

編集者 タジマ

通称 : タジマ

アスキー・メディアワークス第八編集部 英語&海外文芸課の編集者。2006年からドラゴンランスなどの海外ファンタジー全般を担当しています。趣味は漫画・ラジオ・アニメ・小説・音楽・映画・ネットと浅く広くをモットーにだいたい通じています(つもりです)。「目指せミリオンヒット!」、そして「D&D小説エバンジェリスト」として青春を編集にささげていく所存です。ちなみに画像は片耳の愛猫ハル。お尻を叩くとなぜか喜びます。

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