2011-09-06 21:03:20
クドーの生き霊に会ったささやん、嘘つきにされる の巻
「野口がいけないんだ……」
東京 神保町にある台湾料理屋“四川一貫”へ向かうタクシーの後部座席で、当時月刊アスキー編集長にしてGM(準取締役みたいな役職)の一人だった遠藤諭が、うらみがましくつぶやく。
タクシーの助手席に座った月刊アスキーDOS/V ISSUE編集長 野口は、そのつぶやきが聞こえているのかいないのか、背筋を伸ばしたまま、黙って前を見つめている。
「なんで、こんな目に遭わなきゃいけないんだ」
遠藤がせんなくくり返す。そして、まじめな口調でこう付け足した。
「君らは平気だろうが、俺は恥ずかしい。恥ずかしくてたまらん。絶対このことは他言するんじゃないぞ。俺たちだけの秘密だからな!」
と、突然、鳴り出す遠藤の携帯電話。どきっとする一同。果たして、月刊アスキー副編集長の小林からだった。
「うん、うん……わかった、わかった。問題ないから。じゃあ」
話も早々に、手短に携帯電話を切る遠藤。
「良かった。俺たちがまだ日本にいることは、ばれなかった」
*
その午後、遠藤と野口、そしてわたし(当時 月刊アスキー デスク)の3人は、台湾出張のために連れ立って会社を出た。時間にはゆとりがあったかに思えたのだが、野口の“成田へはタクシーで行くのが一番近い”という提案でタクシーに乗り込んだのが徒(あだ)になったのか――われわれが成田に着いたときには、すでに台湾行きの飛行機は飛び立ったはるか後であった(野口は確かに“近い”とは言ったが、“早い”とは言わなかった)。
空港の係員によれば、「明日また来て、早朝からキャンセル待ちをしていれば夜までには乗れるかも」とのことであった。われわれは、一度は沈み込んだ気持ちをなんとか立て直し、せめて台湾気分だけでも味わおうと、遠藤お気に入りの“四川一貫”までタクシーを走らせていたのである。
「仮にも役職付きの3人が、台湾にすらまともに行けないなんて、どういう会社なんだろう」
そう嘆くわたしに、遠藤は念を押す。
「とにかく、俺たちはいまは台湾にいる。わかったな。これがバレたら俺たちは部員の笑い者だ。今日は家に帰ったら、一歩も外へ出るんじゃないぞ、クドー!」
*
四川一貫で宮保鶏丁(クンポーチーティン:鶏肉を唐辛子で炒めた宮廷料理)などおいしいものを食べ、紹興酒(しょうこうしゅ)に舌鼓(したづつみ)を打つと、少しだけ元気が出てきた。おどけた冗談を飛ばし出す遠藤。野口にも笑顔が戻った。
「よし、明日は朝一で成田に集合な。今度は、タクシーでなく、必ず電車で来るんだぞ!」
声のトーンがいつも通りに戻った遠藤の号令のもと、われわれは人目をしのんで自宅へと帰ったのだった。
しかし、深夜2時頃、わたしは空腹に目を覚ました。いつもは会社で仕事をしていて、しかも一番はかどる時間帯なのだから、致し方ないと言うべきか(わたしがもっとも熟睡できる時間帯は午前九時から午後五時までだ)。コンビニに行きたい……しかし、わたしは会社から徒歩10分圏内に住んでいる。遠藤の「外に出るな!」と念を押す声が心によみがえる。しかしついに耐えきれず、わたしはドアを開け、コンビニに走ったのだった。
ご飯だけ買って、レジで支払いを済ませ、あわてて外に出ようとする――と、そこになんと、隣の部署に所属する編集部員ささやんが立っていた。
ささやんはわたしが台湾出張していることなど知らない。
「お、工藤さん、どうもです」
と気軽に声をかけてくる。わたしは目線をそらしながら、「どうもー」とだけ挨拶をしてそそくさとコンビニから走り出たのだった。
“会ったのは隣の部署の人だし、まぁ、大丈夫だろう”――わたしはそうたかをくくっていた。
*
そうして何とか無事に台湾出張を終えて日本に戻ると、たいへんなことになっていた。
何でもささやんが、「昨日の夜、確かにコンビニでクドーさんと会った」と月刊アスキーの部員に告げると、「そんな馬鹿な、クドーは遠藤さんたちとすでに台湾だ」と一蹴(いっしゅう)され、それでもささやんは「いや、確かにあれはクドーさんだった」と主張を曲げず……すっかり彼が大嘘つきにされていたのである。
ささやんは日頃から心霊関係に強い興味を示す研究家であったが、ついに生き霊を見たなんてウソまでつくようになったか――と、みんなにあきれられていると言うのだ。
「あのとき、クドーさんは台湾じゃなく、初台のコンビニにいましたよね?」
わたしにそう問うささやん。しかし少し離れた編集長席からは、遠藤が目を細めてこっちをにらんでいる。
「いや、その日は台湾にいたに決まってるじゃないですか……」
*
この件が原因というわけではないのだが、ささやんはその後、アスキーを去ることになったのだった。彼はいまでも、自分が生き霊を確かに見た、生き霊は存在する、と信じているようだ。とすれば、それはすべて遠藤のせいと言えるだろう。いや、そもそも初日に“タクシーで”成田へ行こうと言った野口の責任か――とにかくその後も心霊研究へとどんどんのめりこんでいったささやん……人の運命とは、なんと不思議な巡り合わせで変わるものか、と趣(おもむき)深く思う今日この頃である。







